第1章 パワハラは、法律上の用語ではない

パワー・ハラスメントは、法律上の用語ではありません。そのため、パワハラに該当するからといって、損害賠償請求ができるとは限りません。同様に、パワハラに該当することをもって、告訴・告発ができるわけでもありません。

もちろん、パワハラの法律上の定義がないからといって、何もできないわけではありません。被害者は法律上、民事、刑事、行政上の責任追及が可能です。ただし、それはパワハラに該当することを理由に請求するのではありません。民事責任を追及する場合には、例えば債務不履行責任、または不法行為責任などを追及します。刑事上の責任を追及する場合には、たとえば侮辱罪、名誉棄損罪、暴行罪、傷害罪などを追及します。そして、行政上の責任追及とは、たとえば医師や歯科医師などの免許を持つ人が加害行為をした場合、その免許資格はく奪などを追及することができます。

しかし、これらの責任追及ができるのは、パワハラに該当するからではなくて、それぞれの責任追及の条件に合致するからにすぎません。別の言い方をすれば、民事、刑事、行政上の責任という法的効果を発生させるための法律要件を満たすから、責任追及ができるようになるだけです。

 

【1】パワハラは、法律上の定義ではない

法律上の効果を求められるのは、その法律要件を満たしている場合だけです。たとえば、セクハラは法律上は次のように定義されています。

セクシュアルハラスメントの略で、「職場において、労働者の意に反する性的な言動が行われ、それを拒否するなどの対応により解雇、降格、減給などの不利益を受けること」又は「性的な言動が行われることで職場の環境が不快なものとなったため、労働者の能力の発揮に悪影響が生じること」をいいます。男女雇用機会均等法により事業者にその対策が義務付けられています。

(厚生労働省 『こころの耳』 セクハラに関してまとめたページ)

https://kokoro.mhlw.go.jp/sexual-harassment/

セクハラについては法律上の定義がなされており、その定義に該当する行為が行われないように、また行われた場合など、事業主に対策が法律上、義務付けられています。

パワハラは、さきほども書いた通り、法律上の定義はされていません。そのため、法律上、事業主はパワハラ対策をする”直接的な法律上の義務”はありません。(安全配慮義務に基づいての、間接的な義務はあります。)

 

【2】パワハラに関係する、事業主の法的義務

パワハラについては、事業主は法律上、直接的な義務は負っていません。つまり、パワハラの予防対策をする義務もありませんし、パワハラが発生した場合に対処する義務も、法律上は書かれてはいません。

しかし、企業は「安全配慮義務」を負っているとされています。そして、それは労働契約法第5条によって明文化もされています。

(労働者の安全への配慮)
第五条  使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

(労働契約法)

そして、この法文中「生命・身体等の安全」の中には、心身の健康も含まれるものとされます。そのため、心身の健康を含む生命・身体等への攻撃であるパワハラ行為が行われた場合、組織は何かしらの対策を取るべき間接的な法的義務を負っているのです。

http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/roudoukeiyaku01/dl/13.pdf

 

【3】パワハラに対して、被害者が取りうる法的手段

パワハラに対して、被害者が取りうる法的手段には、民事上のもの、刑事上のもの、行政上のものがあります。そして、被害者は、組織および加害者の両方に対して、法的手段を取りうるのです。一般的に被害者が、それぞれに対して取る法的手段は次のようになります。

加害者に対して 組織に対して
民事 不法行為責任(民法709条)など 債務不履行責任(415条)など
刑事 侮辱罪(刑法231条)、名誉棄損罪(刑法230条)など
行政 処分の申請(医師法第7条)など 賃金未払残業についての通報

一般的に”パワハラで訴えよう”という場合は、加害者に対する民事上の法的手段のことを言います。

加害者に対して、パワハラに基づいて損害賠償を請求する場合、民法709条の不法行為責任を追及することになります。これは契約関係のない相手方に対する損害賠償請求に使われる条文です。パワハラの被害者と加害者は、法律上は、雇用主を通しての間接的な関係しかありません。言い換えれば、被害者と加害者間には、パワハラに関する合意や契約はありません。そのため、この不法行為責任を追及することになります。

(不法行為による損害賠償)
第七百九条  故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

それに対して、組織に責任追及をする場合は、一般的には民法415条の債務不履行責任を追及することになります。被害者と雇用主の間には、労働契約という契約関係があります。そして、労働契約法第5条でも明らかになっているとおり、雇用主は労働者の心身等の健康を含めた「生命・身体等の安全」を確保する義務があります。パワハラがあった場合、その労働契約上の義務違反があったとして、債務不履行責任を追及するのです。

(債務不履行による損害賠償)
第四百十五条  債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。

民事上の責任だけではなく、被害者は加害者に対して刑事上の責任を追及できる場合もあります。たとえば、叩かれたり、殴られたりしたら、それは当然に暴行罪、傷害罪に該当し、その責任追及が可能です。故意に人を病気にする場合にも傷害罪に該当しますので、パワハラ加害者が故意にあなたをうつ病などにした場合は、傷害罪に該当します。

その他にも、行政上の処分を申請することも可能です。病院、歯科医院はパワハラがよく起きる場所ですが、医師や歯科医師がパワハラを行った場合、医師法、歯科医師法に基づく処分を、厚生労働省に申請することができます。また、公立学校もパワハラがよく発生しますが、非違行為があったとして教育委員会に処分を求めることができます。

 

【4】パワハラに対抗するには、多くの法律知識が必要

パワハラは法律上定義されていません。そのため、パワハラに対する法的手段は、さまざまな他の条文を利用したものとなります。そのため、そのさまざまな条文についての知識が必要です。

現在はインターネットによって、条文を検索すること自体は簡単です。しかし、そのような手段を取りうることを知らなければ、調べることを思いつくことさえできません。

法的手段を検討するときは、パワハラに対しては、民事、刑事、行政上の責任追及が可能であることをまずは思い出してください。その上で、インターネットで検索をするようにしましょう。

【5】パワハラ解決の専門家に相談をしなければ、解決は難しい

パワハラを受けているとき、相談できる人がいたらその人に相談するのは大切なことです。誰かが心身の支えとなってくれれば解決に向けて動き続けることができます。

しかし、具体的に何をすれば解決できるのかという、具体的な方法については専門家でないと分かりません。しかも、パワハラ解決の専門家でないと分からないでしょう。なぜなら、パワハラ解決には、法律知識も必要となりますし、人間心理についても深い理解が必要となるからです。また、経済面での不安を払拭するための具体的な方法論についても知っておかなければなりません。

ですから、身近な人々のサポートを受けるのはよいのですが、何をすればよいのかについては専門家の指示を仰ぐようにしましょう。そうしないとパワハラが悪化したり、長期化したりして、被害が深刻化しますので十分に注意してください。

【6】パワハラを発見したとき

もしあなたが、パワハラを受けていると相談を受けたり、友人・同僚がパワハラを受けていることを発見した場合には、「専門家に引き継ぐこと」をゴールにして動いていただきたいです。

被害者を専門家のところに連れて行くのは、簡単なことではありません。人間は誰でも、現状維持のほうが楽です。パワハラを受けると分かっている職場に胃腸を壊しながら行くほうが、電話をかけて有給休暇を取るより楽なのです。専門家に相談に行くというのは、被害者にとっては大変に高いハードルです。ですから、そのハードルを一緒に超えてほしいのです。

具体的には、あなたには次の3つをしてほしいと思います。

  1. 被害者の心身のサポート(カウンセリング)
  2. 証拠集め(被害メモ・ボイスレコーダー)
  3. 専門家への引き継ぎ

まずは心身のサポートをしていただきたいと思います。つまり、傷ついた心を癒すことを中心に置いてほしいのです。そして、できれば一緒に証拠を集めてあげましょう。そのサポートが、被害者にとっては大きな心の支えとなります。

しかし、それだけではパワハラが長期化するだけです。

そして、あなたも被害者の心身サポートを続けることはできないでしょう。あなたが考えている以上に、被害者の心身サポートをするのは体力を奪われるものだからです。あなたは、きっと被害者がなかなか行動を起こさないことにイライラするでしょうし、解決の助力になれない自分にも腹が立つでしょう。パワハラ被害者の支援は、それほど簡単ではないのです。

ですから、可能であれば専門家への相談に付き添ってあげてください。相談を受けたときに専門家を一緒に調べて、相談予約を一緒に取ってあげて、一緒に付き添ってあげてほしいのです。

被害者はそこまでしないと、専門家への相談ができません。最初は相談することさえ怖いからです。相談を受けた方にしてほしいのは、被害者が専門家に相談できるようにすることです。

専門家を受任をしたあとは、専門家の仕事です。しかし、専門家は、依頼を受けない限り、動くことができないのです。

ですから、相談を受けたら、その被害者がどうやったら専門家のサポートを受けられるようになるのかを考えてあげてください。それがあなたにとっても、被害者にとっても、もっともよい結末を生み出すことになるでしょう。

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パワハラ解決の基礎知識ーはじめに(目次)
目次 はじめに 第1章 パワハラは、法律上の用語ではない 第2章 パワハラの定義 第3章 パワハラの証拠集めが必要な理由 第4章 パワハラの証拠の集め方 第5章「パワハラ解決」とは何か 第6章「目的」と「状況」によって、取るべき手段は異なる 第7章 取るべき手段を実行できない理由 第8章 パワハラは学習性無力感を生む 第9章 リスクに備える おわりに 【はじめに】 「パワハラ解決の基礎知識」のページでは、パワハラに関する心理・法律・経済を含む、総合的な基礎知識を取り上げます。 パワー・ハラスメントは、法律上は定義されていません。そのため、パワハラに該当することによって、何かしらの法的効果が発生するわけではありません。パワハラに該当するからではなくて、他の法律要件に該当するから、法的効果が発生するに過ぎません。 法律上の定義がないため、各行政が独自にパワー・ハラスメントを定義しています。現在、パワハラの定義でもっとも有名なものは、厚生労働省の定義です。 行政が出している定義に該当することによって、何かしらの法的効果が発生するわけではありません。しかし、パワハラ解決に向けて行政を動かすには、少なくともその行政が出しているパワハラの定義に当てはまらなければなりません。 そして、行政を動かすために、パワハラ被害に遭っていることを示す証拠が必要となるのです。厚生労働省に動いてほしい場合は、厚生労働省が出すパワハラの定義に該当すると証明するものが必要となります。法務省に動いてもらいたい場合も同じです。 そこで大切となるのが、パワハラの証拠の集め方です。パワハラにはさまざまな類型がありますが、その類型によっては証拠を集めにくいものも多く、戦略的に集めていく必要があります。 しかし、そもそも証拠を集めることが必要かどうかについては、考えておく必要があるでしょう。一口に「パワハラ解決」と言っても、そこには様々なものが含まれます。もっとも理想的な解決は、加害者が退職、または異動になり、あなたに対して損害賠償をして、かつ、あなたが職場に留まることかもしれません。もしくは、ただ加害者がパワハラ行為をストップしてくれれば、それでよいと思うかもしれません。

 

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